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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9781号 判決

原告

田井逸郎

ほか一名

被告

前川好和

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、一七〇八万六二三六円及びこれに対する昭和五九年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二当事者双方の主張

一  原告ら

1  事故の発生

昭和五九年四月七日午後七時二八分ころ、川崎市宮前区馬絹一七六四番地先国道二四六号線上の交差点(以下「本件交差点」という。)において、東京方面から横浜方面へ向けて直進走行中の訴外田井清(昭和四一年五月一三日生、以下「清」という。)運転の自動二輪車(横浜と二二号、以下「被害車」という。)と横浜方面から尻手黒川線方面へ向けて右折中の被告運転の自家用普通特殊自動車(穴掘建柱車を積載した普通貨物自動車、川崎八八さ一九七号、以下「加害車」という。)とが衝突し、清が内臓破裂等の傷害を負い、同日死亡した。

2  責任原因

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 三五二七万二四七三円

清は、死亡当時都立新宿高校三年在学中の一七歳の健康な男子であつたところ、その死亡による逸失利益は次式のとおり三五二七万二四七三円となる。

407万6800円(昭59センサス)×0.5×17.304(ライプニツツ係数)≒3527万2473円

(二) 葬儀費用 九〇万円

(三) 慰藉料 一五〇〇万円

(四) 損害の填補

前記(一)ないし(三)の損害合計額は五一一七万二四七三円であるが、内二〇〇〇万円については自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)によつて填補されているので残損害額は三一一七万二四七三円となる。

(五) 相続

原告田井逸郎は清の父、同田井敦は母であり、他に相続人はいないので、原告らは各自前記清の損害賠償請求権を二分の一宛(各自一五五八万六二三六円、一円未満切捨て)相続により取得した。

(六) 弁護士費用

原告らは本訴の提起及び追求を原告ら訴訟代理人に依頼したところ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告各自につき一五〇万円である。

4  よつて、原告らは各自、被告に対し前記損害の合計一七〇八万六二三六円の支払とこれに対する本件事故の日(清の死亡の日)の翌日である昭和五九年四月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否及び主張

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)は、被告が加害車の運行供用者であることは認めるが、責任は争う。

3  同3(損害)の事実は、(一)ないし(三)は不知。(四)は填補の点は認め、その余は不知。(五)は原告らが清の父母であることは認めるがその余は不知。(六)は争う。

4  同4の主張は争う。

5  抗弁(免責及び過失)

(一) 免責

被告は、対面信号が青色であることを確認し、右折のため時差式信号機により交通整理の行われている本件交差点に進入して待機し、対向車両が信号に従つて停止した後右折を開始したところ、対向車線を直進してきた被害車がその時点で既に信号が赤色に変つていたにもかかわらず時速約五〇キロメートルで進入してきたため、これを避けることができず衝突したものである。

右のとおり、被告には過失がなく、本件事故は専ら清の信号無視、前方不注視の一方的過失により発生したものであり、また、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責されるべきである。

(二) 過失相殺

仮に右(一)の主張が理由がなく、被告に前方不注視の過失があるとしても、被告の過失は清の前記過失に比較して微小なものであり、損害の算定に当たつては八ないし九割の過失相殺がされるべきである。すると、前記自賠責保険からの填補により、もはや原告らには損害が存在しないことが明らかであるから、結局、原告らの本訴請求は棄却を免れないものというべきである。

三  抗弁に対する認否

すべて争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(責任原因)について、被告は、加害車の運行供用者であることは認めるものの、自賠法三条但書の免責を主張して損害賠償責任を争うので、以下この点につき判断する。

前記争いのない事実に、いずれも成立に争いのない乙一号証の三ないし七、九ないし一四、一六及び一九を合わせ考察すると、被告は横浜方面から本件交差点を右折して尻手黒川線方面へ向うため、対面信号(前掲乙一号証の五に添付の「信号機配列図」中の〈B〉の信号を指す。以下これを「信号〈B〉」という。これに対し、対向車線を東京方面から横浜方面に向う車両を規制する信号は同図面中の〈A〉の信号であり、以下これを「信号〈A〉」という。)の青色表示に従つて本件交差点に進入し、右折の機会をうかがつて待機していたところ、信号〈B〉が黄色表示に変り、また、横浜方面に向う対向車が本件交差点手前の停止線(三車線あるうちの中央車線)で停止したので(この時信号〈A〉は既に赤色である。)右折のため発進したこと、被告は右発進直後右停止車両の後方、被告(運転席)から約三五メートルくらいの地点(対向第一車線上)に前照燈を点燈し、時速四〇ないし五〇キロメートル程度に感じられる速度で対向してくる被害車を視野に止めたが、右折を急ぐ余り、被害車は当然に信号〈A〉に従つて停止するものとの信頼の下に、同車のその後の動静には全く注意を払うことなく、そのまま時速八ないし一〇キロメートルの速度で右折を続けたこと、その直後自車の左側面付近に衝突音を聞き本件事故の発生を知つたこと、他方、清は前方に既に前記停止車両があり、自己が従うべき信号〈A〉が赤色を表示しているのに本件交差点に進入して加害車の左側面に衝突したこと、本件交差点は時差式信号機が設置されており、本件に関係のある信号〈A〉、同〈B〉の周基を対比してみると、前者が三秒間の黄色表示を経て赤色に変り更に四秒経過した後に後者が黄色に変る(したがつて、右合計七秒間は、信号〈B〉はなお青色を表示している)という関係にあることの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故発生が清の赤色信号無視、前方不注視という重大な過失により惹起されたものであることは明らかであるが、他方、被告においても自動車運転者として常に交通事故の発生を防止すべき運転上の注意義務を負つているのであるから、いま少し注意を働かせることによつて、清が現に無謀な進入を犯そうとしていること、したがつてこのまま自車の右折を続ければ被害車との衝突が必至であるという具体的危険の存在を認識することができ、かつ、急停止措置を採ることによつて本件事故の発生を防止し得たという事情が推認される以上、本件事故発生につき被告の免責を認めるのは困難といわざるを得ない。したがつて、被告の免責の主張は理由がなく、採用しない。

三  進んで、損害につき判断する。

1  全損害 四七五七万八七一八円

(一)  逸失利益 三三八七万八七一八円

成立に争いのない丙一号証の一五によれば、清は、本件事故当時都立高校三年在学中の一七歳の健康な男子であつたことが認められ、すると少なくとも高等学校卒業後満一八歳から六七歳までの四九年間稼働することが可能であつたというべきであるから、昭和五九年賃金センサス企業規模計・男子高卒全年齢平均の年収を基礎とし、生活費控除率五〇パーセント、中間利息控除につきライプニツツ係数を採用して清の逸失利益を算定すると、次式のとおり三三八七万八七一八円(一円未満切捨て)となる。

391万5800円×0.5×17.3036≒3387万8718円

(二)  葬儀費用 七〇万円

清の年齢、社会的地位等諸般の事情を考慮し、葬儀費用相当の損害として七〇万円を認める。

(三)  慰藉料 一三〇〇万円

本件事故発生の態様、事故後の被告の措置、清の年齢と将来その他本件に現れた一切の事情を考慮し、本件事故による清の慰藉料額は一三〇〇万円と認めるのを相当とする。

2  過失相殺

前記認定事実から明らかなとおり、清には赤色信号無視、前方不注視の重大な過失があり、これを本件事故発生に寄与した過失割合として評価すれば八割とみるのが相当である。

そこで、右過失割合をしんしやくして再度前記損害額を算定し直すと九五一万五七四三円(一円未満切捨て)となる。

3  相続による損害賠償請求権の取得等

原告らが清の父母であることは当事者間に争いがないところ、原告らは各自、前記2の清の損害賠償請求権を二分の一ずつ(四七五万七八七一円―一円未満切捨て)相続により取得したことが認められる。

また、原告らが本訴提起及び追行のために要した本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告ら各自につき三〇万円と認めるのが相当である。

すると、原告らが被告に対し請求し得る損害賠償請求額は、各自につき一応五〇五万七八七一円と算定することができる。

4  損害の填補

原告らが本件事故に関し自賠責保険から二〇〇〇万円の支給を受けたことは、原告らの自認するところである。すると、本件事故による原告らの取得し得べき損害賠償請求総額は、結局前記認定のとおり合計一〇一一万五七四二円にとどまるのであるから、右自賠責保険金により、右損害はすべて填補されていることとなり、もはや本件事故につき原告らが被告に対して請求し得べき損害賠償請求権は残存しないものといわなければならない。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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